* 今年のIFSCルール改定は、予想外のものだった。「内容が」ではなく「改訂版が出たこと自体が」である。と言うのも2008年の改訂時に今、後の展望として4年ごとの改訂を目標とし、当面2年ごとの改訂を行なうと謳われ、2010年の改訂でその前文に4年毎の改訂の旨が明記されていたからである。したがって今年は、内容的に変更があっても、追補(amendments)として公開されるはずだった。
* この改訂スケジュールの変更はおそらく、あまりにも大きな変更の必要が生じたことによるのだろう。ポイントは二つあるが、最も大きな要因は大陸別の選手権とユースシリーズの管轄が、IFSC本体ではなく各大陸別のフェデレーション(アジアの場合はAFSC)に移管されたことである。これにより、これらに関するルールが削除された。
* そして二つ目は「チーム・スピード」と言う新種目の追加である。全体で二つのセクションが削除され、新たなセクションが一つ加わった形で、さすがに全体の構成にこれだけの影響があると、新たなバージョンとしてリリースするのが自然という判断となったものと思う。
* これらの大きな変更は、日本の一般の選手などには直接関係するところではないが、リード、ボルダーの規則についても重要な変更がいくつか見受けられる。ここでは、一般の選手やスタッフに関係の深い事項について、'10年版からの変更点を紹介する。
*リードでの変更点は大きく2点ある。まず、競技中の残り一分のコールがなくなった。これはおそらく、予選が2ルート同時進行のフラッシュで行なわれるようになった関係だろうと思われる。各ルートの選手の競技開始のタイミングはずれている。そのずれが大きなものであれば、残り1分のコールがあった際に、どちらの選手に向けられたものであるかの判断がつくが、ずれが1分未満のような場合、コールされていない選手が勘違いする可能性がある。それでなくても、会場内はBGMが流れるなどで、コールが届きにくい。こうしたことを考慮して、廃止されたのだろう。
* 次は未クリップのクイックドローに関するレジティメイトポジションの範囲である。2010年の改訂で、未クリップのクイックドローを選手の身体の全てが通過しても、身体のいずれかの部分でクイックドローに触れることができれば、レジティメイトポジションにあるとされるようになった。これが今回、手で触れられる範囲に縮小された。
* この変更の理由はまず、足先でも触れられる範囲とすると、ルートの下部ではグランドフォールしかねない状態になる可能性があることだろう。選手の能力云々とは別に、ホールド関連のテクニカルインシデントがルート下部で発生すれば、足先でクイックドローに辛うじて触れられる状態まで許容したらグランドフォールの可能性は高い。
* またもう一つのレジティメイトポジションの要件である「身体の全てが未クリップのクイックドローの下側のカラビナを通過していない」という規定との整合性もある。身体のどこであれ触れることができればOKと言うことであれば、足の先でもかまわないわけで、この二つの規定はほぼ重複する。従来からの「クィックドローの下のカラビナを通過していない」という規定は意味がなくなってしまう。今回の改訂で、両者の規定はうまく互いを補完する関係に収まったように思う。
* なお微妙なケースが存在する。例えば、クイックドローの下側のカラビナを通過していないが、クイックドローに手が届かない状態が傾斜の緩いところでは考えられる。そうした場合に、クイックドローを足で引き寄せてクリップするのはOKか?と言うことである。原文は以下のようになっている。
a) A competitor shall always be in a legitimate position. This is the case if:
i) the competitor’s entire body has not moved beyond the karabiner at the lower end of the next unclipped quickdraw or
ii) the competitor is able to touch the next unclipped quickdraw with a hand (without having to haul up the quickdraw with a foot).
* あくまでいずれかの要件を満たしていればOKと読めるので、こうしたケースはレジティメイトポジション内と思うが、果たして現場ではどのように運用されるだろうか。
* またルールの文言から、これをクイックドローを足で引っかけること自体が禁止と考えるのは誤りである。それまでも問題にしたら、ムーブ中に足が未クリップのクイックドローに触れてクイックドローが大きくスイングしたような場合が問題になりかねない。あくまで、そうしないとクリップできないところまで行き過ぎてしまったらだめ、と言うことである。
* もう一つ。現在では選手に即時の判定の難しいハンガーを踏むなどの違反行為があった場合は、事後のビデオ判定で対応することとして選手の競技は続行させ、ロワーダウンしてきた選手にその旨を使えることになっている。このビデオ確認は従来、ラウンド終了後にまとめて行なっていたが、それを可能な限り早く行なうこととされた。具体的な対応は、IFSCジャッジの手が離せなければジューリ・プレジデントやIFSCデリゲイトがビデオを見る、あるいはクリーニングの間を利用するなどだろう。
* 予選の形式が変更されたのが大きい。ボルダリングの競技としての最大の問題は、競技時間がかかりすぎる(特に予選)ことだ。それを解消するために、選手数が40人以上なら選手を2グループに分け、それぞれに別の課題群を用意して予選を2グループの同時進行で行なうと言うことである。
* さて問題は、この2グループの競技を同時進行でおこなうのか?だが、もともとワールドカップの決勝は男女同時進行(これも所要時間の短縮のためと思われる)となっている。つまりもともと8課題は同時設定可能な壁が必要なわけで、2グループ分の10(または8も可)課題の設定は不可能ではないだろう。しかし、ただでさえ会場設定の難しい国内では、そうした形式で予選が可能かどうかは微妙である。
* それからテクニカルインシデントがローテーションタイム内に修復され、選手がそのローテーションタイムでの継続を希望しなかった場合の再アテンプトのタイミングが、全選手の競技終了後ではなく、ジューリ・プレジデントが決定すると言うことになった。具体的にどのようなタイミングで割り込ませるか、について具体的な記述はない。
* 現実的には、選手の競技順が最後の方であれば他の選手が終わった後になるだろうし、そうでない場合はインシデントが発生したローテーションタイムが終わり次のローテーションタイムが始まる時点で、インシデントが発生した課題以前にいる選手の進行をストップし、そのローテーションタイムを利用してインシデントを被った選手の再アテンプトをおこない、次のローテーションタイムの開始時点で、全選手の競技を再開する――ローテーションタイム内に修復が完了しなかった場合に近い形での対応――ということになるのだろう。
(2011/06/13)